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メタル
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メンタルサポーターメタル

  • 名前等:ハンドルネーム メタル 本名:安田 伸也(やすだしんや) 心理カウンセラー・コーチ・ブロガー 
  • 生年月日:1961年4月21日生れ
  • 出身・現在地:三重県四日市市
  • 主に東海地方でカウンセラー・コーチとして、またPoints of You®トレーナーとして活動している。

●主な資格
[海上関係]
潜水士、一級小型船舶操縦士、4級海技士(航海)

[心理関係] 
NLP マスタープラクティショナー、POINTS OF YOU®認定トレーナー、MPS 認定コーチ

 

20 歳で海上保安庁入庁、海上保安官(いわゆる「海猿」)として 35 年間勤務した後、NLP (神経言語プログラミング)・アドラー心理学、イスラエル生まれのコーチングゲーム POINTS OF YOU®を学び、コーチ・カウンセラーに転身。
元海猿の、変わり種だが頼れるコーチ・心理カウンセラーとして、人生に迷う人々の救助活動を続けている。

●実績・経歴等
潜水班班長を務めた海猿時代は、行方不明者の捜索・救助、ヘリコプターから海上や船へ降下して救助、転覆船・沈没船船内の捜索・人命救助に当たる。

また巡視艇船長・巡視船航海士として海難救助・海上犯罪の取締りや領海警備の任務に就き、覚醒剤を積んだ暴力団関係者の漁船を追尾、覚醒剤密輸事件の捜査、救命筏の漂流者を救助などドラマよりドラマチックな日々を送る。
在職中の海上保安庁長官表彰3回。
対応した事件事故は、3000件以上。

退職後は、海保の経験を活かした危機対処法・リスクマネジメント術を教授するかたわら、命掛けの勤務経験からメンタルの重要性を痛感して心の問題に目覚め、特にアドラー心理学に傾倒。
心をすり減らしながら生きる現代人にむけて、楽に幸せに生きるためのメンタルサポーターとして活躍。

これまでの略歴

三重県四日市市に3人兄弟の長男として生まれる。
子供の頃の写真

 

2010年 母親の死、2011年尊敬するスティーブ・ジョブズの死に直面し「人生は短い、他人のドグマ(主義主張)に囚われている暇はない」との言葉に感銘を受けて、自分が人生で本当に成し遂げたいものは何だろう?自分の人生はこのままで良いのだろうか?と自分自身に問いかけを始める。

その後、アドラー心理学を題材にした「嫌われる勇気」を読んで心理学に興味を持ち、自己啓発本等を読み始める。

2015年組織の中で後輩の指導に当たるも組織の中で働くことに居場所を感じられなくなる。

「死ぬまでに個人の力を試したい」「自分の時間を自分でコントロールできる人生を生きたい」との思いが強くなり、2016年3月定年退職まで6年を残して35年間勤めた海上保安庁を辞職し、心理学を学ぶ。

家族は妻と娘の3人暮らし。
2016年11月に長女が出産、孫1名。

 

ミッション

35年間海上保安官として、海難救助に携わってきました。

救助要請を受けて、現場へ行っても必ずしも助かるとは限らない。

事故現場では、悲しみや苦しみが充ち満ちていました。

サーファーを恋人に持つ女の子は、目の前で彼が海底から引き上げられ、運ばれた病院で「生き返らせて欲しい」と泣き叫んでいました。

岸壁で足を滑らせて怪我をした老婆は、海に出たまま帰ってこない息子を毎日同じ場所で、何年も待ち続けていました。

水死体となって海岸へ漂着した人は、「好き勝ってやって家を出て行ったんだから」と家族に亡骸を引き取って貰えませんでした。

そんな、生きていたくても生きることができなかった人がいる一方、自ら死を選ぶ人も多かったのです。

車で岸壁から海へ飛び込む人、橋の上から飛び込む人、客船に乗っていつの間にかいなくなる人。

そんな様々な人生を見て感じたのは、人生に悩み苦しんでいる人の役に立ちたいという想いでした。

しかし、わたし自身も、また職場での人間関係などでパニック障害やうつに苦しんでいました。

 

アドラー心理学との出会い

そんな時にアドラー心理学と出会い、心が楽になっていきました。

課題を分離して積極的に諦める

2018.05.26

アドラー心理学によると、人が幸福だと感じるには3条件が必要だそうです。

  • 自分が好きであること
  • 周りの人間が無条件で信じられること
  • 自分のコミュニティ(家庭、職場、地域など)で貢献できていること

いま振り返ると、わたしが35年間勤めた海上保安庁を辞める時には、この3条件の3つともありませんでした。

仕事は主に職員の出勤管理をしたり、旅費計算など事務仕事がほとんどで、毎日不得意な表計算ソフトと格闘する日々。
組織だから、それも仕事だとは解っていましたが、わたしのやりたい仕事ではありませんでした。

ただ給料を貰うために、やりたくない仕事をやり、現状に甘んじている自分を好きになれなかったのです。

周りにいる人も悪い人ではありませんでしたが、酒を飲んで愚痴を言い合うのにはうんざりしていました。

そんな状況で、自分が職場で貢献できているとは、到底思えなかった。

 

両親の死

私の両親は、2人とも70代前半で亡くなりました。

母親が2010年になくなり、そして尊敬するスティーブ・ジョブズも2011年に亡くなりました。

そんな時にスティーブ・ジョブズのこの言葉に出会ったのです。

朝起きて、今日自分がしようとしていることは、本当に自分がやりたいことなのだろうか?
NOという日が続くのなら、何かを変えなければならない

そのころ、NOという日が続いていたのです。

頭の中にこんな疑問が湧き上がりました。

両親が亡くなった歳から考えて、私が生きることができるのもせいぜい20年。

死ぬ間際に、「悔いの無い人生だった」と言って死ねるだろうか?

そして、約5年後に35年間勤めた海上保安庁を辞めました。

 

自分の人生を歩く

もちろん、わたしも迷いました。

「仕事を辞めて家族を養えるのだろうか?」
「自分に何ができるんだろうか?」
「大きな病気を患ったらどうしよう?」

そんな不安がいっぱいでした。

しかし、今は「自分の人生を歩く」ことができて幸せを感じ、海上保安庁時代の同僚達に感謝しています。

私のように人生を変えたいけど変えられない。

人間関係やこれから自分の進む道が解らない。

そんな方のお手伝いをする、それが私のミッションです。

 

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2018年7月

 

関連リンク

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このブログのタイトルロゴについて

眼線をあげて
このロゴは、鳥羽市在住で指文字アーティストPrink’m(プリンク・エム)遠藤美和さんにお願いしました。
彼女とは、iMug-伊勢志摩UserGroup-立ち上げ当時に定例会に参加していただいてからのご縁です。
このブログを始めようと決めたときに「ロゴデザインは、この人しかいない」と直感しました。
心が熱くなる素敵な文字です。感謝!
お子さんの命名式の文字とかお願いできるそうなので、遠藤さんのコンタクトはこちらから。
指文字 アート・グラフィックデザイナー/プリンクMのデザイン帳