「人に迷惑をかけちゃいけません」
こう言われて育った方も多いでしょう。
わたしもそうでした。
でも、それって本当なんでしょうか?
もちろん、迷惑をかけようとして、人に嫌がらせをしたり、悪さをするのは人間としていけないと思いますけどね。
わたしの場合、いつの日からか「人に何かをお願いする」ことが「人の迷惑になる」と信じ込んでしまったのです。
質問=迷惑?
学生時代は、解らないことがあっても先生に質問することも、同級生に質問することも怖くてできなかったのです。
わたしの中では、「質問すること」=「お願いすること」=「迷惑をかけること」でした。
こんな、今思えば不思議な方程式が成り立っていたのです。
当然、解らないことは人に質問できないので、自分で調べるしかありません。
しかし、独学では理解度に限界があります。
解らないことは、人に質問できないので、仕方なく全部放置していました。
これが私が勉強できなかった言い訳にするつもりはありませんがw、大人になってからも人に物事を尋ねるには相当な勇気がいったのです。
それも、相手の顔色を伺いながら、ビクビクしながら訊いていました。
今では、わたしを知る友人には、想像もつかないでしょうけどね。(^_^;
親の価値観
この「人様に迷惑をかけるな」という親からの教えに背くことは、親の価値観に背くことなので、自立できない子供だったわたしにとって、親に見放されることは死を意味します。
なので、無条件にこの価値観を受け入れざるをえません。
そうやって、子供は、親から様々な価値観を吸収していきます。
まさしく、三つ子の魂100までですね。
※3歳の時に教えられたことは100歳になっても忘れないの例え。
この親からの価値観が良い方向へ働けばいいのですが、わたしのように自分を閉じ込めてしまうと面倒くさい人間になります。
お願いできない自分
大人になっても親には、ずいぶんいろんなお願いをしたり、甘えたりしたかもしれませんが、他人に対しては何もお願いや要求をできない人間でした。
いわゆる内弁慶です。
でもね。
人にお願いできないってとっても苦しいんですよ。
自分で何もかも抱え込んでしまって、自分が辛くて手一杯でも、無理してどうにかしなきゃ!って思ってしまう。
そして、その重圧に押しつぶされそうになりながら、必死になって頑張る。
そうすると、どういう気持ちが湧いてくるかというと「わたしだけが苦労して頑張っているのに、他の奴らは楽している!」という怒りの感情です。
読心術
冷静になって考えれば、わたしがどれだけいっぱいいっぱいで、苦しくて、辛くても、他人は超能力者じゃないから解らないんですよ。
読心術があるわけじゃなし。
例えば、あなたとわたしが、同じ職場の同僚だとします。
わたしは、忙しそうに一生懸命仕事をこなしている。
あなたは見るに見かねて、「手伝おうか?」と好意を申し出るけど、「わたしがやるからいいです」とわたしは言う。
こういう時は、あなたは「そういうのなら大丈夫なのかな?」と思うでしょうね。
でも、わたしは本当はいっぱいいっぱい。
わたしにとって、人に手伝ってもらうことは、人に迷惑をかけることなので人の好意を素直に受けられない。
そんな、かつてのわたしのような人間に限って、自分のやり方に拘りを持っているから、人に手を出して欲しくない!なんて思っていたりして始末が悪いんです。
しかし、心の中では「わたしだけが頑張っている」と思っている。
あー、めんどくさ!
お願いすることは、人を喜ばせること
アドラー心理学にも出てくるのですが、人間の喜びの一つに「他者貢献」という考えがあります。
人間は他者に貢献する、つまり人の役に立つことで喜びを感じるのです。
そして、そこに自分の居場所を見つけ、自分がここにいていいんだと安心します。
なので、お願いをしない、好意を受けられないということは、「役に立ちたい」と思っている人の喜びを奪うことなのです。
もちろん、お願いを叶えてもらったら、しっかりと感謝の念を表さなければなりません。
時には、相手も忙しくて断られるかもしれませんが、それは何もあなた自身を嫌いだから断ったのではなく、たまたま都合が合わなかったとか何かの理由があるのかもしれないのです。
まとめ
このことに気がついてからは、どんどんやってもらえることは、人にお願いできるようになりました。
独りで抱え込まず、自分の手に余ることは、他人に任せる、お願いする。
そして、感謝する
また、お願いされたら、自分に手伝えることであれば手伝うし、できなければ断る。
そのように覚悟を決めたら、ずいぶん心が楽になりました。
ホント、わたしの家族や友人にはとても感謝しています。
結局、無理して抱え込むより、その方が相手に対して誠実なんですよね。
そうやってみんなが、寄り添っていけば世の中はうまく循環していくように思うのです。
だって、人間産まれた時は自分では何一つできないので、親や周囲の人々に迷惑をかけて成長するものなのですから。
お互い様なんですよ。
相手が家族であれ、友人であれ。
自分が苦しければ、言いにくいでしょうけどハッキリと相手に理解できるように苦しいと伝える。
そうすれば、相手も誠実に受け止めてくれます。
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