アドラー心理学「嫌われる勇気」の著者 岸見一郎先生の講演会へ行ってきました。
約2年前にも参加したのですが、今回も会場は京都。
前回同様、前半は岸見先生の講演会。
後半は、参加者からの質疑応答なのですが、半分公開カウンセリングのような感じで進行します。
質問者の悩みに次々とアドラー心理学の理論を当てはめて回答していく岸見先生のお話はとても興味深いモノがありました。
講演会、質疑応答を聴いていて、わたしがメモした内容を名言風にまとめてみました。
ですから、岸見一郎先生の言葉そのものではありません。
文責はわたしにあります。
名言
- 臆病は伝染する
- アドラー心理学のいう「普通である勇気」とは「平凡でよい」という意味ではない
- 判定を下すことは、レフェリーの課題であって、自分の課題ではない
- 他者の評価と自分の価値には関係がない
- 在りのままを認めると、自分に価値があると感じることができる
- 自分に価値があると思えるとき、人は勇気を持つことができる
- (失敗を恐れて)自分の課題を避けてしまうのは、自分に価値がないと思っているから
- 自分に価値を感じられない人は、対人関係を避けようとする
- 賞罰教育では、自分に価値を感じられる人間を育てられない
- 叱る・褒めるは、人を操作しようとすること
- 変化することに気が付くことが生きること
- 未来はただ無いだけ、今をただ踊るように生きれば良い
- 人を愛するには、「愛する能力」を育てる必要がある
- 自分の子供を自分の大切な友人だと思って接する
- 協力することを知っている者は、必要とあれば競争できる。しかし、競争しか知らない者は協力することができない
※誰かが、理不尽な指示や命令に自分の評価や立場を失うことを恐れ、黙って指示に従うと、周りにいる人間も同じように臆病になって理不尽な指示命令に従ってしまう。
※自分が特別な存在であるために「何者か」になる必要はない
※とあるスポーツ選手が、明らかに不利益(と世間では思われた)な判定に対して抗議をしなかったことに対する発言
※他者の評価がどうあろうと、それは他者の1つの見方(視点)であって、自分本来の価値とは何ら関係が無い
※自分を嫌っていると自分に価値があるとは思えない
※例:テストで良い成績を納めることができないから、そもそもテストを受けることをしないなど
わたしが高校生の時、勉強が嫌いだなどといって、勉強自体から逃げていたんだなって感じました。
※褒められるからやる、褒められないならやらないという人になる可能性がある
※褒めるのも叱るのも、自分の基準で相手を評価すること、つまり縦の関係の評価
※相手が好きになってくれるから、わたしも愛するのではなく、自分が好きだから愛する
※子供の課題へ積極的に首を突っ込まない。「わたしにできることがあったらするよ」という態度で接する。
まとめ
できるだけ、解りやすいように注釈(※)をつけたつもりですが、やはり会場に来ないと伝わりにくいモノがあります。
京都で定期的に開催しているようですから、気になる方はチェックしてみてください。
Written by ✨️Change view point コーチ メタル
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