出来事と感情が結びつく瞬間


先日の母の日、ある子供の頃の体験を思い出しました。

この体験は、繰り返し繰り返しでてくるエピソードで、わたしにとってはとても辛い体験。

しかし、友人にヒーリングして貰ったところ、単に出来事感情が結びついているだけだと気がついたのです。

 


わたしは、長男で母親にとって初めての子供。

母は「キチンと育てなきゃ」とプレッシャーを感じていたようで、時々ヒステリックになることがあったように記憶しています。

当時、子供に音楽や踊りなどを習わせる、情操教育が流行っていたこともあり、母自らが「自分がピアノを習いたかったけどできなかったから」とわたしに習わせました。

 

わたしは、ピアノの練習より遊びたかったので、ノラリクラリと気の抜けた演奏。

キッチンの横にピアノがあったのですが、そんな演奏に母は腹に据えかねたようで、鍋に水を入れてわたしにかけたのです。

小学生の低学年だったわたしは、驚くと共に恐怖を覚えました。

それ以来、わたしの中に「キチンとできないと母親に愛されない」という思い込み(ビリーフ)ができたようです。

 

思い込み

母は、単にわたしの気の抜けた演奏に腹が立っただけで、わたしを拒絶したり嫌いになったわけではありません。

しかし、子供だった私はこの「水をかけられた」という出来事が、「母に嫌われる恐怖」と結びつき、

「キチンとできない」=「嫌われる」

という方程式ができあがったのです。

成人してからも、この方程式は、あらゆる所に顔を出していました。

例えば、仕事で報告書を提出するとき、「完璧に仕上げてからじゃないと提出できない」とか「提出して直されたらダメだ」などの思い込みになって現れます。

しかし、組織で仕事をしている以上、その仕事の熟練度や上司の視点の違いによってチェックのしどころも違います。

だから、完成度が低くても早めに提出して、上司と共に練った方が良いときもあるんですよね。

でも上司にチェックして貰うのができずに、よくウジウジしていました。

 

まとめ

そんな風に出来事と感情が結びついて、価値観になっている場合があります。

この価値観が自分にだけ適応されるならまだしも、他人に押しつけとなって現れると人間関係をおかしくします。

一旦気がついてしまえば、その体験は体験として残りますが、思い出しても辛いとか、恐怖などの感情が出てこなくなることが多いです。

実際、わたしは今は思い出しても辛いとは感じません。

不思議と心にブレーキが掛かるときは、もういちど自分に問い直して、そのブレーキが今必要なのかどうかを考えてみてはいかがでしょうか?

Written by メタル(@Metal_mac


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